MBOとOKRの違い – 目標管理の理念と実務。
そして、日本企業に適した運用の提案
目次
はじめに
「目標管理」と聞くと、多くの方は年に一度の人事評価の場面を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、目標管理の生みの親であるピーター・ドラッカーが本来伝えたかったのは、人事評価制度の技法ではなく、「人を支配するのではなく、自ら考え行動する自由な人間として働かせる」という経営の哲学でした。
第1章 MBOからOKRへ|米国での目標管理の理念と実務の変遷
目標管理の歴史は、「理念」として生まれ、「実務手法」として鍛えられ、「体系化されたフレームワーク」として世界に広まる、という一本の流れをたどっています。
(1)MBOとは|ドラッカーが提唱した「目標と自己統制による管理」
ドラッカーは著書『現代の経営』(1954年)『マネジメント』(1973年)の中で、MBO(Management by Objectives and Self-control=目標と自己統制による管理)を提唱しました。
- ・社長から現場管理者まで全員が目標を持ち、企業全体の目標から各人の目標が導かれる(垂直的なつながり)
- ・目標は好みではなく組織の客観的ニーズから設定し、全員が上位目標の設定に参画する
- ・人事評価制度の基準は精緻でなくてよいが、単純明確・合理的で信頼できるものでなければならない
- ・測定情報は本人に直接伝え、自己管理の道具として使う。上からの管理の道具にしてはならない
- ・賃金制度については「正義・公正・平等の観念が情緒的に結びつくため、真に合理的な賃金システムはあり得ない」と警告している
ここでのマネジメントとは、組織に特有の使命を果たし、人を通じて成果をあげさせ、社会に貢献する実践のことです。
(2)i-MBOとは|グローブが実務化したインテル流MBO
Intel社CEOのアンディ・グローブは、著書『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』(1983年)の中で、ドラッカーの理念をIntelの現場で機能させるための手法「i-MBO(インテル流MBO)」を解説しました。
- ・目標(Objective:どこへ行きたいか)とキー・リザルト(Key Result:そこへ到達するペース配分)を必ずセットで設定する
- ・フィードバックは活動直後に必要なため、四半期ごと・月次という短いサイクルで運用する
- ・すべてに焦点を当てることは、どこにも焦点を当てないのと同じであり、目標を絞り込むことが最大の長所
- ・目標を高く設定し、達成確率が五分五分になるようにする
- ・1on1(上司と部下の定期的な一対一対話)を経営哲学の根本綱領とする
- ・MBOを機械的に人事評価制度へ当てはめる運用を「つまらない、プロらしからぬやり方」と戒め、賃金の一部のみを業績に連動させる「業績ボーナス」という妥協案を示す
なお「OKR」という名称そのものはグローブの命名ではなく、後述するドーアが名づけたものです。グローブ自身は「i-MBO」と呼んでいました。
高い目標を設定する根拠|マズローの欲求階層説とロックの目標設定理論
グローブが「目標をあえて高く設定し、達成確率を五分五分にする」と述べた背景には、2つの理論があります。-
・アブラハム・マズローの欲求階層説
人間の欲求は、生理的欲求から始まり、安全、社会的欲求、承認欲求を経て、最終的に「自己実現」という最上位の欲求に至るとされます。
他の欲求は満たされると消えていきますが、自己実現の欲求だけは、満たされてもなお、人をより高い行動水準へと推し進め続けるとグローブは説明しています。
つまり、目標を達成してしまうと意欲が消えてしまうような低い目標ではなく、常に挑戦し続けられる高い目標を設定することが、人の内発的な意欲を持続させるという考え方です。
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・エドウィン・ロックの目標設定理論
メリーランド大学の心理学教授エドウィン・ロックが1968年に提唱した理論で
- ①困難な目標のほうが、楽な目標よりパフォーマンスを高めるのに有効であること
- ②具体性のある困難な目標のほうが、曖昧な目標よりアウトプットの水準が高くなること
の2点を示しました。単に「頑張ろう」という曖昧な目標よりも、「達成が難しいが具体的な数値目標」のほうが人を動かす、という実証的な知見です。
(3)OKRとは|ドーアが体系化し世界に広めた手法
ジョン・ドーアは、インテル時代にグローブから直接i-MBOを学び、1999年にGoogleへ紹介、2018年の著書『Measure What Matters』でOKRとして体系化しました。OKRの定義は「会社内のあらゆる組織が同じ重要な課題に全力で取り組むようにするための経営管理手法」です。
- ・コミットするOKR:組織として必ず達成すると決めるもの。期待評点は1.0
- ・野心的OKR(ストレッチ目標):達成困難を前提とする挑戦的目標。Googleでは平均評点0.7程度で設計され、約4割の失敗も織り込み済み
- ・1サイクル3〜5個の目標に絞り込み、1目標につきKRは最大5つ
- ・四半期・月次の短期サイクルに、年間の長期サイクルを重ねる「ダブルトラック方式」
- ・評点は0.0〜1.0で、赤(0.0〜0.3)・黄(0.4〜0.6)・青(0.7〜1.0)に色分け
- ・OKRの評点は「うまくいったこと・改善点」を特定するためにあり、評価を下すことではなく学習が目的(ジョン・デューイ「我々は経験からは学習しない。経験を振り返ることで学習するのだ」)
- ・Googleでは、OKRの評点が人事評価制度に占める割合を3分の1以下に抑え、サイクル終了ごとに評点を消去するほど、賃金制度との連動を避けている
CFRとは|OKRを補完する対話・フィードバック・承認
OKRの数値だけでは組織は動きません。ドーアは、年1回の勤務評定に代わる「継続的パフォーマンス管理」の実践手段として、CFR(Conversation・Feedback・Recognition)を重視しています。
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・対話(Conversation)
パフォーマンス向上を目的とした、マネジャーとコントリビューターの間の真摯で深みのある意見交換です。グローブが重視した1on1を、より広く継続的パフォーマンス管理の枠組みに位置づけ直したものといえます
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・フィードバック(Feedback)
プロセスを評価し将来の改善につなげるための、同僚との双方向・ネットワーク型のコミュニケーションです。特定の上司から部下への一方通行ではなく、同僚同士も含めた多方向のやりとりである点が特徴です
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・承認(Recognition)
大小さまざまな貢献に対して、しかるべき個人に感謝を伝える取り組みです。人は進捗や達成を測る尺度を求める存在であるという人間観に応えるものだといえます
継続的パフォーマンス管理へ移行する際の第一歩は、賃金(昇給とボーナス)とOKRを切り離すことであり、勤務評定(過去を振り返る評価)と目標管理(未来志向の継続的な対話)は、別個の面談として頻度・スケジュールも分けて行うべきだとされています。
ただし、両者を完全に無関係にすべきだという意味ではなく、OKRの達成状況は次の評価サイクルにおける信頼性のあるフィードバックの材料にもなり得るとされます。
OKRが「何に取り組むか」という方向性を示す仕組みであるのに対し、CFRはその過程で人と人との関係を通じて意欲を支える仕組みであり、両者は車の両輪の関係にあるといえるでしょう。
MBO・i-MBO・OKRの違い|3者の比較
| 項目 | MBO(ドラッカー) | i-MBO(グローブ) | OKR(ドーア) |
|---|---|---|---|
| 主要著書 | 『現代の経営』1954/『マネジメント』1973 | 『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』1983(第6章のみ) | 『Measure What Matters』2018 |
| 位置づけ | マネジメントの哲学そのもの | 理念を実務化した経営管理手法 | 手法を体系化したフレームワーク |
| サイクル | 長期・短期(頻度指定なし) | 四半期・月次 | 四半期+年間のダブルトラック |
| 賃金制度との関係 | - | - | 意識的に切り離す |
| 補完手段 | 上へのコミュニケーション等 | 1on1 等 | CFR(対話・フィードバック・承認) |
第2章 MBOの日本における導入|成果主義との結びつきと形骸化
日本のMBO受容には、実は2つの波がありました。-
・第一の波(1960年代・昭和40年代)
ドラッカー提唱の直後、日本の大手企業にも紹介されましたが、さして定着することなく終わりました
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・第二の波(1990年代後半〜)
バブル崩壊後の危機感(NECは1990年、富士通は1993年に成果主義的な制度を導入)を背景に、MBOが成果主義の中核ツールとして本格的に導入されました
学習院大学・守島基博教授へのインタビューによれば、1990年代後半の再導入時、MBOは「成果主義の附属品」として入ってきてしまったことが、その後の機能不全の一因とされています。
日本で普及したMBOは、目標達成度を賞与・昇給・昇格に直接反映させる運用が一般的だったとされ、成果を上げた人を正当に評価する仕組みとして導入されたはずが、手続きだけで形骸化し、モチベーション低下を招いているという不満も報告されています。
第3章 OKRの日本での導入事例|企業での運用と人事評価との関係
ソフトバンク
MBOを運用する一方で、OKRのトライアル(試験導入)を実施した実績があります。
- ①導入の背景
- ②OKRのトライアル
- ③実施後の効果と課題
- ④MBOとのすみ分け
- ⑤今後に向けて
という構成でこの取り組みが紹介されており、既存のMBOを廃止してOKRに全面移行したのではなく、両制度の役割分担(すみ分け)を探る試みだったことがうかがえます。
メルカリ
「OKR(定量評価)」と「バリュー評価(定性評価)」の2軸で、3か月に1度(四半期ごと)評価を実施しています。
OKRの達成率と賃金は直接連動させておらず、これは達成しやすい低い目標の設定を防ぐためだとされています
Chatwork
2017年にOKRを導入しましたが、当初はOKRの達成率をそのまま人事評価制度・賃金に反映させたところ、達成しやすい保守的な目標を設定する社員が増え、「これではMBOと変わらないのでは」という課題に直面しました。
日本企業に共通する論点は「OKRを人事評価制度と連動させるかどうか」です。
Chatworkの事例は、この論点に一度失敗しながら試行錯誤で辿り着いた、日本企業における実践知の好例だといえるでしょう。
第4章 MBO・OKRの日本での運用|企業に適した目標管理のあり方
メンバーシップ型雇用|日本企業で目標管理を考える前提
米国はジョブ型雇用(職務に人を付け、賃金は職務給など)が標準ですが、日本の多くの企業はメンバーシップ型雇用(人に職務を付け、賃金は職能給などのヒト基準)です。この違いを踏まえずに米国発の手法をそのまま輸入することには限界があります。
OKRと人事評価|年次評価・賃金制度との関係
メンバーシップ型雇用のもとでは、年次の人事評価制度は処遇(昇給・昇格・賞与)を決定する経営上不可欠な機能です。「OKRの評点を年次評価から切り離す」というドーアの発想は、職務に賃金が結びつくジョブ型雇用だからこそ成立しやすく、日本でそのまま切り離すと処遇決定の根拠が失われかねません。
- ・OKRを本来の趣旨で機能させるには、賃金制度をジョブ型又はジョブ型に近い制度(職務給など)に変更し、OKRとは別の仕組みで処遇を決めることが本来の前提条件です
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・賃金制度のジョブ型化が困難な場合、OKRの達成状況を人事評価制度に反映せざるを得ないでしょう。「達成できなくて当然」が前提のストレッチ目標は、達成できなければ評価が下がってしまう以上、従業員にとって不利にしかなりません。
ストレッチ目標を掲げて未達に終わり評価が下がるよりは、達成可能な無難な目標を設定して高い評価を得たほうがよいと従業員が考えるようになるため、導入・継続は実務上困難です。
これはまさに、前章で見たChatworkが直面した課題そのものでもあります
目標管理と人事評価|河合式における評価項目の設計
なかの経営労務事務所では、河合式の人事制度の導入を推奨しています。評価項目に汎用性があり、比較的導入しやすいためです。河合式の人事評価項目を整理すると、次の2つに分けられます。
部門業績
目標管理/正確度/迅速度
部門活性化
報告連絡相談/チームワーク/能力開発/知識伝達/業務改善/顧客満足性/リーダーシップ/課題形成/人材育成/人事管理/組織運営
このように整理すると、部門業績に直接影響を及ぼす評価項目は、目標管理・正確度・迅速度の3つとなります。つまり、目標管理は、部門業績に直接影響を及ぼす一つの評価項目なのです。
OKRから学ぶべき点|日本企業のMBOに活かせる4つの運用方法
OKRは、経営トップも含め全従業員が挑戦する文化と情熱を前提とする仕組みです。
この前提を欠いていたとしても、次の4点だけは、賃金制度・人事評価制度を変えずに既存のMBOへ取り入れることができます。
- 1.サイクルを四半期・月次に短くする
- 2.期の途中でも状況変化に応じて目標を修正できるようにする
- 3.修正には関係者への通知と振り返りというルールを設ける
- 4.キー・リザルトは具体的な言葉と期限で測定可能にする
日本企業でOKRを導入したい場合は、OKRにより企業業績に顕著な貢献をした場合に限り加点評価することが考えられます(ストレッチ目標を掲げるため、達成できなくて当然という前提に立つ以上、減点評価は厳禁です)。
なお、OKRを制度化しなくとも、MBOにおける目標の一つに希望者は自らの意思でストレッチ目標を設定することなどが考えられます
おわりに| MBO・OKRを導入する前に確認すべき5つのポイント
「我が社にOKRを導入したい」という相談を受けたり、自身で導入したいと考えたりした場合は、即断せず、次の点を確認することをお勧めします。
- 1.現在の評価要素は何か
- 2.賃金制度は何か(職務給に近い制度であることが望ましい)
- 3.なぜMBOではなくOKRなのか
- 4.挑戦を経営理念とし、社員と共有しているか
- 5.経営者自身が挑戦しているか
目標管理の理念は、1954年のドラッカーから今日まで変わっていません。変わったのは、それを実務でどう機能させるかという手法だけです。

システム関連に強く、人事総務部門のトータルアウトソーシングのプランニングおよび受託を得意とする。さらに、人事労務系のコンサルティングに力を入れており、人事制度構築コンサルティングのほか、M&Aコンサルティング等、企業の経営企画部門、人事労務部門の双方の支援をしている。

