ノーレイティングとは何か?
〜人事コンサルタントが詳しく解説〜

我が国の「人事評価制度」は、公平性や納得性を追求してきた結果として複雑化の一途をたどりました。

ビジネス環境が目まぐるしく変わり、企業の在り方や従業員との向き合い方に変化が求められる現在、いま注目されている取り組みがあります。
それが、「ノーレイティング」という手法です。欧米の先進的な企業で取り入れられつつあり、日本でも注目され始めた制度です

Q.ノーレイティングとは、どんな制度・評価手法ですか?

A.
「ノーレイティング」とは「ランクづけ」をしないという意味で、ランクづけをする従来型の「人事評価制度」に代えて、欧米の先進企業を中心に導入が進む制度です。
「ノーレイティング」では、上司と部下が頻繁に面談を実施し、期待される成果や能力を都度確認し、フィードバックを通じて従業員の能力や業績を伸ばします。
「ノーレイティング」を新しい「人事評価制度」と捉えるのではなく、「人事評価制度」の運用における新たな手法、取り組みと捉えた方が正しいかもしれません。
「ノーレイティング」は評価を全くしないとうことではなく、ランクづけをひとつの目的とする従来型の「人事評価制度」とは異なり、「S、A、B、C」等のランクづけをやめ、また年度単位での人事評価をやめるものです。
以下に、ノーレイティングについて、その目的や手法などを詳しく解説します。

ノーレイティングが注目される背景

我が国の人事評価制度は、公平性や納得性を追求してきた結果として複雑化の一途をたどりました。

公平性や納得性は永遠の課題であり、人事評価制度を精緻に作り上げ複雑化しても、一方で、企業を取り巻く環境は常に変化しています。
その変化に対応すべく社員の職務や役割などを微妙に変化させることが常である以上、精緻に作り上げたが故に評価項目などには漏れが生じる結果となります。
漏れを無くそうとすると、評価項目のみならず等級などを増したり、職掌やウェイトを複雑化したりするなど、人事評価制度はさらに複雑化します。
これを繰り返すと、評価者である管理職、自己評価を実施している場合は全ての社員の負担が著しく増加します。
社員が人事評価制度の内容を十分に理解することは困難になるかもしれません。
その複雑化した人事評価制度を運用した結果、個人を評価ランクに当てはめる「レイティング」に次のような様々なマイナス効果が見られるようになりました
例えば、

「評価結果に納得されないことが多くなった」
「社員のモチベーションを低下させた」
「評価者である管理職の負担増を生む原因になった」
「人事評価制度の運用で実施する年1~2回の面談では、ビジネスの変化のスピードについていけなかった」

などの課題が顕在化しました。
このように人事評価制度を複雑化することで公平性や納得性を高めることは極めて困難なのです。
その課題を解決すべく、シンプル化を志向し、取り組む企業が日本でも見られるようになりました。
その取組の一つが、年1回の評価・ランキングを廃止したノーレイティングです。米国を中心にその取組が広がっているようです。まずは、米国企業の例を見ていきましょう。

【事例】アドビなど米国企業での「ノーレイティング」導入

アドビは2012年より人事評価制度を刷新しました。

従来の人事評価制度では、年1回、マネジャーが部下を4段階で評価し、その後あらかじめ決められている分布率に当てはめる「スタックランキング制度」が採り入れられていました。
アドビが調査をしたところ、従来の人事評価制度を運用する為にマネジャーは年間延べ8万時間を使っていたことが確認されました。
それだけの労力をかけていながら、人事評価結果への不満から多くの退職者が出たり、スタックランキングに見られるようなカーブ(評価分布)に部下を当てはめるといった相対評価がチームワークを阻害させたりするなどの問題が内在していることが分かりました
それらの問題に対応すべくアドビは、人事評価制度を含めたパフォーマンス・マネジメント全体を見直したのです。

パフォーマンス・マネジメントとは?

社員のパフォーマンスを高めるために、上司が部下の特性に応じて、能力を引き出し、モチベーションを高めながら、行動に対するフィードバックを行い、目標達成を目指すマネジメント手法であり、行動科学マネジメントと似た手法です。
1970年代にアメリカのコンサルタントであるオーブリー・C・ダニエルズによって「メンバーが行動から結果を結び付けるための人材マネジメント手法」として提唱したことが始まりのようです。

アドビでは2012年秋から年次評価を廃止し、その代わりにマネジャーと部下が最低でも四半期に1回、従来より頻繁に面談を実施する「チェックイン」という手法を導入しました。
「チェックイン」では人事評価を目的とせず、ゴールや期待される成果(結果)を確認し、さらなる成長に向けて具体的に個人別に何が必要であるのか等について継続的かつ頻繁に面談を実施する中でフィードバックをします(いわゆる1on1のようなもの)。
「チェックイン」は、パフォーマンスの向上や成長の促進を図ることで、社員のスキルアップやモチベーションを向上をさせる制度といえるでしょう。
また、カーブ(評価分布)やランキングを無くすことで、社内に競争ではなく協働するとの意識を植えつけることができた、といいます。
「チェックイン」の社内評判は良く、継続して成長していくことの高い意識が生まれたことに加え、離職率の低下や運用に要する時間を削減できたなどの大きな成果を生み出しました。
評価・ランキングを廃止する(ノーレイティングを導入する)企業は、アドビの他、Microsoft、GE、GAP、ファイザー、コカ・コーラ、ゴールドマン・サックスなど業種を問わず広がりを見せています。
ノーレイティングは、単に評価・ランキングを廃止すると捉えるのではなく、パフォーマンス・マネジメント改革の一つであると認識する必要があります

日本企業でノーレイティングの導入は進むのか?

米国企業でノーレイティングが導入できる理由として、雇用慣行がジョブ型であることが挙げられます

ジョブ型雇用とは、ジョブ(職務)に人を付けます。
ジョブ(職務)に人を付けるので賃金は職務給になり、職務に値札が付いています。
では、その値札はどのように決まるかというと、職務評価により決定します。値札が付けられた職務(ジョブ)が先にあり、その職務(ジョブ)に、職務(ジョブ)を遂行できるはずの「ヒト」をはめ込みます。
「ヒト」の評価は職務(ジョブ)にはめ込む際に事前に行われます。後はその職務(ジョブ)を遂行できているのかを評価します。
このようにレイティングが無かったとしても、「ヒト」の評価は職務(ジョブ)にはめ込む際に事前に行われるなど、ジョブ型雇用にはノーレイティングを運用することが可能な土壌があるのです。
これに対して、日本の雇用慣行はメンバーシップ型雇用です
メンバーシップ型雇用とは、「ヒト」に都度必要な職務を付ける日本独自の雇用慣行と言われています。
「ヒト」に職務を付けるので職務の範囲を限定しないのが通常です。
採用時に職務を明示していたとしても他の職務へ異動の可能性があります。
他の職務へ異動しても賃金を変更しないので、賃金制度は職能給や役割給などのヒト基準になります。
中小企業において職務を限定して雇用するケースもありますが、職務評価を行っていない、ジョブディスクリプションを作成していない、職務給ではないなどの理由から、日本の中小企業においても、ジョブ型雇用ではなく純然たるメンバーシップ型雇用のケースが数多く存在します。
特に近年では人手不足も相まって未経験者を積極的に採用することが急増しています。
日本はヒト基準なので、未経験者を積極的に雇用することができます。
メンバーシップ型雇用では職務遂行能力の伸長度合い、期待される役割をいかに果たしたかなどの成果の度合い、知識技能力の保有度合い、勤務態度といった項目を毎年確認(評価)していきます。
これが日本における人事評価制度の基本です。
その結果、評価・ランキングをし(レイティングし)、本人にフィードバックして、次期の能力開発や行動改善などに繋げます。
オーナーが社長を務める中小企業で、明文化された人事評価制度が無い場合であっても、社長が暗黙のうちに頭の中で総合評価を行い評価ランク付け(つまりレイティング)をしていることも多いでしょう。
このような状況下で日本企業でノーレイティングの導入は進むのでしょうか。
純然たるメンバーシップ型雇用を維持したまま、ノーレイティングを導入できるかというと、極めて難しいと言わざるを得ません
純然たるメンバーシップ雇用でノーレイティングを導入すると、昇給や昇格が年功的な運用となることが大いに想定され、やってもやらなくても同じ、つまり不活性な組織になり、特にハイパフォーマンス社員や会社に対する貢献度の高い社員ほど不満を抱えることになりかねません。
モチベーションが低下した結果、人材流出に繋がる可能性も高いでしょう。
我が国でノーレイティングを導入するのであれば、ジョブ型雇用に変更するか、ジョブ型雇用の要素を積極的に取り入れるなど大きな改革がまずは必要であると考えます。